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思い描いた結婚と現実の結婚は理想通りじゃないけれど経験を生かせばプラスに働くかもしれない♪

【もし結婚するなら、どっぷりと結婚していたいの】

これは、オードリー・ヘップバーンの言葉である。

彼女はジェームズ・ハンソンというイギリス人実業家と婚約していたが、ローマの休日で一躍時の人となりハンソンとは、すれ違いが生じたのだろうか、25歳の時に3度の離婚経験のある12歳年上のメル・ファラーと結婚している。

オードリー・ヘップバーンが実業家であるジェームズ・ハンソンと別れたのは俳優、演出家・映画監督であったメル・ファラーの存在があったからなのかと言えばそうでは無かった。

ハンソンとファラーの間には「麗しのサブリナ」の撮影中に共演したウィリアム・ホールデンと交際していたが、彼には既婚者で子供が3人いたことにより別れている。

ヘップバーンが結婚相手に選んだのは、彼女の良き理解者で生活を支え頼れる俳優であり演出家と映画監督をこなす12歳年上のメル・ファラーであった。

 

結婚したヘップバーンは妊娠し家庭を優先したい思いから

「私には子供を産むこと以上に大切なことなんてありません」

と言っていたが、彼女は子供を流産しているが、1960年に待望の息子であるショーンを出産した。

そして、66年67年と立て続けに流産をして、ヘップバーンは精神的なショックを受ける。

メル・ファラーとの仲もずれが生じ68年に離婚した。

そして彼女はエーゲ海で知り合った10歳年下のローマ大学の助教授であり精神科医のアンドレア・ドッティと再婚している。

ドッティはイタリア人でその持ち前の明るさで彼女を楽しませた。

ヘップバーンの子供、ショーンとドッティの仲も良く3人で幸せだったのだろう。

「わたしは混じり物のない、本物の楽園にいたの。毎日家のことを取り仕切って暮らしたいと、前からずっと願っていたのよ」

彼女は二度目の結婚で理想の家庭を築いたかに思われたが、ドッティが若い女性と関係を持つようになり82年にドッティとも離婚した。

それから彼女は再再婚をしたのかと言えばオランダ人俳優ロバート・ウォルダースと籍を入れずに9年間同居していましたが、93年に癌で亡くなった。

どっぷりと結婚していたいのとオードリー・ヘップバーンは願っていたが思いが強すぎたのか、現実はなかなか上手くいいかないものです。

彼女は不倫もしています、2度目の夫となるドッティも不倫をしていました。

結婚する前と結婚した後、人の気持ちには変化もありなかなか上手くいかないようですが、人それぞれ結婚への願いや理想は違いますが、失敗も成功も含め、それらの経験はより良き方向へ人生を導くための道しるべとなる部分もあるのではないでしょうか?

幼少の頃の彼女は、第一次世界大戦の中で育ち栄養失調など苦労を強いられてたことも、ユニセフ親善大使になることで経験を生かし貢献しています。

 

 参考資料  オードリー・ヘプバーン ダイアナ・メイチック

       Wikipedia オードリー・ヘップバーン

 

ポイント ☆結婚は思は想い通りにならないけれど良き経験である♪